高市内閣による労働時間規制緩和の動き
2025年10月に日本の首相に就任した高市早苗氏は、「労働時間の規制緩和」を重点課題の一つとして掲げています。同年10月21日、首相は厚生労働大臣らに対し、労働者が「働きたくても働けない」現状を是正するという観点から、労働時間規制の見直しを検討するよう指示しました。
続く国会での審議においても、首相は、「残業代が減り、生活費を稼ぐために無理して副業することで健康を損ねる方が出るのを心配している」と指摘したほか、「企業が現行の労働時間規制に過剰に対応し、本来ならもう少し働けるのにずいぶん乖離がある現状もある」とも述べています。
さらに、同年11月10日に開催された「日本成長戦略会議」でも、労働時間法制の検討を含む「労働市場改革」が重点施策の一つとして位置づけられています。
現行法制の概要
日本における労働時間規制は、2019年施行の「働き方改革関連法」によって大幅に見直されました。同法施行以前は、残業時間の上限について法的な規定は存在せず、長時間労働を背景とする過労死等の社会問題が大きな注目を集めていました。
現在の制度では、以下のとおり厳格な上限が設けられています。
- 法定労働時間、法定休日(変更なし)
原則として労働時間は1日8時間、1週40時間以内とし、休⽇は原則として、毎週少なくとも1回与えることとされています。
労働者に時間外労働をさせる場合や法定休日に労働させる場合、労働基準法第36条に基づく労使協定(以下、「36協定」といいます)を締結し、所轄労働基準監督署へ届け出る必要があります。 - 新設された上限規制の内容
36協定を締結し、届出を行った場合でも、以下の上限を上回ることはできません。- 通常の場合:時間外労働の上限は、1か月45時間、1年360時間。
- 臨時的な特別な事情があって、労使が合意する場合:
- 時間外労働は年720時間以内
- 月の時間外労働および休日労働の合計は100時間未満
- 月の時間外労働および休日労働の合計は2〜6か月平均ですべて1月あたり80時間以内
- 時間外労働が月45時間を超えられるのは年6か月が限度
- この上限を超えた場合、使用者には6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。
規制の影響と現在の課題
日本の平均年間総実労働時間は、法定労働時間を引き下げた1988年の改正労働基準法の施行を契機に、着実に減少を続けています。それに加えて、2020年から始まったコロナ禍では、日本を含む各国で労働需要の減退に伴う労働時間の大きな減少が見られました。コロナ禍後、日本では他国に比べて労働時間の回復が鈍い傾向が続いており、その原因の一つに、上述した2019年の労働時間の上限規制があると言われています。
一方、日本での人手不足の状況は、深刻さを増しています。飲食、宿泊、製造、宅配など様々な産業において、人手が確保できずに需要に対応できない状況や、人手不足が原因で会社が倒産するという状況が生じています。こうしたことも、今回の規制緩和に向けた検討の背景になっています。
世論の動向
では、労働時間の規制緩和に対する日本の世論はどうでしょうか。
日経新聞社とテレビ東京の世論調査(2025年10月24〜26日実施)およびJNNの世論調査(2025年11月1~2日実施)のいずれにおいても、全体の約64%の回答者が労働時間の規制緩和に賛成しています。
一方で、「自分の労働時間を増やしたいか」という質問に対する回答は、異なる様相を見せています。2025年1月にリクルートワークス研究所が実施した「全国就業実態パネル調査」によれば、仕事時間を「今より増やしたい」と回答した人の割合は、正規雇用者で6.7%、非正規雇用者を含む雇用者全体でも12.9%にとどまりました。また、厚生労働省が作成した資料によれば、各種統計やアンケートを基に試算した「もっと働きたい」と考えている人の割合は、就業者の6.4%にとどまっています。
こうした結果からは、制度上の規制緩和には理解を示す一方で、個々の労働者のうち実際に労働時間の増加を望んでいる人の割合は多くはないという傾向がうかがえます。
また、先に挙げた厚生労働省の資料では、「もっと働きたい」と考えている人のうち約半数(3.3%)は、週35時間未満かつ年収200万円未満の非正規労働者層で、厚労省は、いわゆる「年収の壁(注:一定の年収を超えると税金や社会保険料の負担が発生し、手取り収入が減少する現象)」を意識せずに働きたいパートタイム労働者が一定数存在すると分析しています。
働き方改革関連法は2019年の施行から5年を目安に見直しを行うこととされており、現在厚生労働省の審議会においても、労働時間の規制を含めた制度の再検討が進められています。
労働時間規制の緩和をめぐる議論は、労働力不足と労働者保護の均衡という日本社会の根幹に関わる課題を含んでおり、今後も関心の高い議題であり続けるでしょう。
参考
- 「もっと働きたい人6%どまり 厚労省試算、「年収の壁」解消にはニーズ」(日本経済新聞電子版2025年10月14日)。
- 「労働時間規制の緩和、賛成64%・反対24% 日経世論調査」(日本経済新聞電子版2025年10月27日)。
- JNN世論調査(2025年11月14日取得, https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2264746)。















