カスタマーハラスメントの概要と増加の背景
カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます)とは一般に、顧客や取引先、施設利用者等が、従業員に対して著しい迷惑行為や不当な要求を行うことを指す用語として、日本で広く用いられています。2010年代後半から広く使われるようになり、近年では労働政策上の重要課題として位置づけられています。
厚生労働省の2023年度調査によれば、過去3年間にカスハラに関する相談があったと回答した企業は27.9%に達し、2020年比で8.4ポイント増加しました。また、パーソル総合研究所による2024年の調査でも、35.5%の人が過去にカスハラ被害を受けた経験があると回答しているほか、32.6%の人がここ3年で職場でのカスハラが増加したと回答しています。
日本におけるカスハラ増加の背景については、複数の要因が指摘されています。例えば、長年根付いてきた「顧客第一主義」や「お客様は神様」といった価値観が、消費者の権利意識の高まりとともに、行き過ぎたかたちで解釈されてきたこと。また、過剰なサービス水準が当たり前となった結果、顧客の期待値が高まり、それが満たされない場合に不満が生じやすい構造があることなどが要因の一つと考えられています。
法整備の経緯
こうした状況を受けて、厚生労働省は2022年に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表し、カスハラの典型例や企業の対応法などを示しました。また、東京都や北海道などの複数の地方自治体でも、カスハラ防止に関する条例が制定・施行され、事業者に対して体制整備等を求めています。しかし、これまで国の法律レベルでは、カスハラに関する明確な法的規制は存在していませんでした。
こうした中、2025年6月に労働施策総合推進法等の改正(以下、「本改正」といいます)が行われ、2026年10月1日から施行されます。本改正により、従来のハラスメント防止の枠組みに、カスハラ対策義務が新たに位置づけられることになりました。
本改正の内容
1.カスハラの定義
本改正では、カスハラは以下の3要件をすべて満たすものとして整理されています。
(1)職場において行われる顧客等の言動であること
(2)その言動が、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして、社会通念上許容される範囲を超えていること
(3)労働者の就業環境が害されるものであること
典型例としては、正当な理由のない要求、不当な損害賠償請求、身体的又は精神的攻撃、威圧的又は継続的・執拗な言動、不退去・監禁などの拘束的言動などが挙げられます。
2.事業主(企業)の義務
厚生労働省の資料によれば、本改正後に事業主が講じるべき措置は、主に以下の5つに整理することができます。
(1)事業主の方針の明確化と周知・啓発:カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化するとともに、カスハラの内容およびあらかじめ定めた対処の内容を労働者に周知すること。
(2)相談体制の整備:相談窓口をあらかじめ定めて労働者に周知するとともに、窓口担当者が適切に対応できる体制を整えること。
(3)事後の迅速かつ適切な対応:カスハラが実際に発生した場合には、事実関係を速やかに確認し、被害者への配慮措置を適正に行うとともに、再発防止に向けた措置を講じること。
(4)対応の実効性を確保するために必要なカスハラの抑止措置:特に悪質なカスハラへの対処方針をあらかじめ定めて労働者に周知し、実際に対処できる体制を整備すること。
(5)併せて講ずべき措置:相談者等のプライバシー保護に必要な措置を講じること、相談したことを理由とした不利益取扱いを行わない旨を定め周知・啓発すること
さらに、企業間取引(BtoB)におけるカスハラを念頭に、他の事業主から関連する協力を求められた場合には、これに応じる努力義務を設けています。また、その協力要請を理由として契約解除などの不利益な取扱いを行うことは望ましくないとされています。
3.罰則
これらの義務については、直接的な刑事罰が設けられているわけではありません。ただし、義務違反があり、厚生労働大臣の勧告に従わなかった場合には、企業名が公表される可能性があります。そのため、企業にとっては法令遵守のみならず、レピュテーションの観点からも対応が重要となります。
おわりに
顧客対応をめぐる課題は日本に限らず、台湾を含む多くの地域においても共通して生じています。今回の日本における制度整備は、こうした課題に対する対応を法制度上明確化したものとして、一つの参照事例と位置づけることができます。2026年10月1日の施行に向けて、日本に拠点を置く企業は、改正法への対応に加え、顧客対応の実務を踏まえた体制整備の検討が求められます。カスハラ対策は、法令遵守の観点にとどまらず、従業員の保護・定着率向上や企業への信頼醸成にもつながる重大な課題と言えるでしょう。
(参考)
厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査について」(2026年5月28日取得,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000165756.html)
パーソル総合研究所「カスタマーハラスメントに関する定量調査」(2026年5月28日取得,https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/customer-harassment/)
厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」(2026年5月28日取得,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00003.html)















